kameKiKu’s blog

バラ好き、コーラスとパッチワークが趣味の関西在住シニア、植物と共に日々雑感

旅編7  羽州街道 楢下宿(ならげしゅく)

法事などがあり先週末から出かけ、昨日帰宅した。宮城県まで行ったついでに山形県にも立ち寄ってきた。羽州街道とは、福島県の北方桑折奥州街道と分かれ、宮城県の七ヶ宿を経て上山、山形、新庄、久保田、弘前などの城下町までつながっており、参勤交代の道として、13の藩の大名や旅人が歩いた道という。東北地方の知識の全くない私は、初めて聞く地名ばかりだったし、山形県に足を踏み入れたのも、初だったので、少しワクワクした。

 

(武田家)

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楢下宿・・・「ならげ」の「げ」は鼻濁音で言う。私などは鼻濁音は意識して初めて出来るのだけれど、東北出身の方々は、日常会話でもキチンと鼻濁音と濁音を使い分けて話していて、いつも感心させられる。西日本では大概どの濁音も同じで喋っている(笑)。その楢下宿を見て回った。

 

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大黒屋、武田屋、庄内屋、山田屋、滝沢屋など昔の宿がそのまま残されていて、建築年代は17世紀中ごろから18世紀のもので、大変貴重な建物であるようだ。いずれも萱葺きの屋根で覆われている。中に厩などもあったりする。

 

 

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中でも、滝沢屋は江戸時代に庄屋を務めた家柄で、脇本陣として大名や上級武士が宿泊した宿といい、ここだけは入場料が210円の有料だったけれど、ユニークでエネルギッシュな案内人が30分コースの説明をしてくれて、よく分かったのだった。途中で質問をすると、答えられないものだと「こまいとこついてくんなぁ」などと言われ、笑った。

 

(滝沢屋 脇本陣   ちょっとピンボケに )

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上山温泉に泊まることになっていたので、上山市斉藤茂吉記念館も訪れた。昭和43年に開館したというこの記念館は、とても素敵なたたずまいの中にあった。あの有名歌人がこの辺りのま生まれとは、知らなかった。まぁ、私も知らないことが多い(笑)。茂吉の息子が斉藤茂太や北杜夫だというのは、知っていたけれど(笑)。1人500円。

 

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国語の授業などで、茂吉の「赤光」など習って多少は頭にあるけれど、さて代表作を知っているかというと、これも覚えていなかった私。今は蔵王に下に記した歌碑が建てられているとか。

  みちのくの蔵王やまなみにいる雲のひねもす雲のはるたつらしも

 

その他にも、館内で紹介されていた歌は次のもの。

  愁いつつ去にし子ゆえにふじの花揺る光さへ悲しきものを

  曼珠沙華咲くべくなりて石原へおり来む道のほとりに咲きぬ

  いくたびか時雨のあめのかかりたる石蕗の花もつひに終わりぬ

 

 

そのほか蟹仙洞(かいせんどう)という私立美術館では、刀剣類や堆朱の作品などを見学し、沢庵和尚のゆかりの春雨庵にも足を延ばした。京都の大徳寺の住職であった沢庵和尚が何故山形のこの地に?と。沢庵和尚とは、子供の頃にもマンガなどで薄っすら聞いたことがある程度の名前だったのだが、キーワードは紫衣事件というものだということが分かった。

 

(蟹仙洞 蔵も展示室にしてある)

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朝廷と江戸幕府の権力争いらしく、朝廷がお坊さんに紫色の衣を着る許可を与えていたことに、幕府が朝廷が勝手に与えるのは許さない、これからは幕府のいうことをきくよ うに・・・というようなことで、それに憤慨した沢庵和尚が、同じ考えの人達と幕府に反対する手紙を書いて訴えたところ、出羽の国の上山に流刑されてしまった、ということだった。

 

(春雨庵)

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沢庵和尚はこの上山に3年いたという。そのあと江戸へでるのを許された。沢庵は大根で漬物を漬けていたので、家光が名前を「沢庵漬け」とつけたといわれている。

 

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その後はホテル近くの上山城、郷土資料館として建てられた所を見て、天守閣まで上がり街並みを眺めることが出来た。

 

(上山城  横から  またの名を月岡城ともいうらしい)

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(天守から町の眺望  )

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(月岡神社)

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翌日は高畠ワイナリーや安久津八幡神社、米沢に出て上杉神社や、博物館を駆け足見学し、帰途についたのだった。上杉神社でもちろん御朱印をもらいました。博物館では信長が上杉謙信にプレゼントした洛中洛外図の本物が展示されていた。上杉神社は米沢という町にあるので、いかにも神社というよく整えられた神社で人も来ていた。

 

(上山の武家屋敷)

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(高畠ワイナリー 地元ワインを赤白買った)

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安久津八幡神社の方は、860年頃に建てられたのがはじまりという、古いもので、下に18世紀末に再建された三重塔が、古く苔むしたように建っていて、なにやら雰囲気がある。本殿は18世紀半ばに再建されたものだといい、舞楽殿もあり、一子相伝の舞が45代にわたって伝えられているという。

 

(安久津八幡神社の三重塔)

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(本殿)

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この神社は鳥居から木立の中を、真っすぐに山の上の本殿に向かっていて、古寂びていて、とても好ましく、膝の痛むのを心配しながらも、本殿まで上がったのだった。両脇に置かれた狛犬の片方は、後ろ足を立てていた。大概神社の後ろには古墳があると聞いていたのだが、ここにもあり、途中まで登りかけたのだが、草木がぼうぼうの山道、引き返した。

(上杉神社)

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その土地にはその土地の歴史があるということを、改めて感じたことだった。初めて行った山形県。フルーツ王国だけれども、サクランボには早すぎたらしい。

 

(出かける当日咲いた ロココ)

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(帰ったら咲いていたラジオタイムズ)

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(夢乙女 アーチに絡めて)

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(フランソワジュランビルがアーチの反対側を)

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暑い日が続いたのでバラの鉢を心配した。