kameKiKu’s blog、小さな庭日記

バラ好き、コーラスとパッチワークが趣味の関西在住シニア、植物と共に日々雑感

旅編10 芦ノ湖散策・・・二日目

二日目は芦ノ湖までバスで移動。あいにくの雲が厚い空模様で、富士山は見ることが出来なかった。それでも海賊船パーサに乗り、桃源台から元箱根まで遊覧した。デッキでは風がかなり冷たく強く吹いていた。友達4人くらいで、「パシュート」と言ってデッキの強風を先頭一人に受けさせ、暫くしたらまた後ろに回り交代するという、オリンピックで覚えた「パシュートごっこ」を、いい年をしたオバサンの私達がやって、ふざけて笑いあっていた。しかし、そうやってしばらくデッキにいたけれど、あまりの寒さに船室に戻った。

 

(富士山はみえないけれど富士の裾野群てことでしょうか)

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(海賊船バーサ)

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(デッキでパシュートごっこ  強風)

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昼食の後は自由に箱根の関所や恩賜公園の杉並木などを散策した。箱根と言えば ♪箱根の山は天下の険♪、の歌が思い出される。合唱曲としても歌ったことがある勇壮な歌だ。昔は高校の音楽でも習ったのだけれど、今は習わないらしい。ガイドさんによると、静岡県の学校では、教科書にはないけれど、今も丸暗記させられるものと言っていたような・・・。

 

関東の方が西ヘ行くとき、関西の人が東ヘ行く時、箱根を越える、などと大層なことのように、その昔は言っていた。人が今のように自由にあちこちへ行けなかった時代、箱根の関所が重要な意味を持ったのだろうけれど、時代劇の関所の場面しか浮かんでこない。

 

「出女に入り鉄砲」に注意ということで、江戸幕府は警戒を厳しくしていた。あちこちの山道を通れば誤魔化して通行出来るのではと思ったりするが、よそ者には厳しい目が光ってそんなことは出来ないようになっていたようだ。それだけ箱根越えは大変なことだったのだ。交通が自由な今でも、就職などで、関東の人は箱根を越えたがらなかったりするのではないかな、それはまた別の意味だろうけれど(笑)。  

 

(箱根の関所 11年前に修復されたという)

 

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(面番所  部屋の前の廊下で出女が取り調べられる)

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(60段あまりの階段を上がりきると遥かに見下ろせる 芦ノ湖  ここから怪しい者をみはっていたとか)

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(箱根恩賜公園  マメザクラがきれい)

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(杉並木)

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自由時間を歩き回り、足がクタクタになった。箱根ホテルでお茶をした後、熱海から新幹線で帰路についた。

 

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